お知らせ

8月27日「演劇Ⅳ」のワークショップを開催しました

2018年10月3日

8月27日は映画監督で俳優の鈴木卓爾先生(京都造形芸術大学)をお招きし、演劇のワークショップを開催しました。場所は静岡市内を流れる安倍川の上流にある「鈴木邸」(先生のご実家ではありません(笑))。講師の先生から会議室ではない「懐かしさを感じる場所」で行いましょう、というご提案を受け、探した場所でした。ワークショップの趣旨を考慮して開催場所を選択するということもとても大事なことです。

最初のワークは3人ずつのグループに分かれて「他己紹介」を演じる、というものでした。AさんがBさんをCさんに、BさんがCさんをAさんに、CさんがAさんをBさんに紹介する、という状況を他のグループの人の前で演じます。状況はそれぞれのグループで考え、場合によっては作り話にしても良いけれどドラマティックな展開にする必要はなく「ただ演じる」「つまらないことをつまらなくやる」という条件の中でワークが行われ、様々な表現が生まれました。

鈴木先生からは各グループにコメントを頂きました。その中で「演じる」ということは、日常よりずっと相手のことを見つめる、聞くことになるので「日常の中では起きないことをやっている官能的なプロセスである」。また「演じる」ということは人間が古代から継続して行っている営みで、「置き換え」や「再現」を「見ている人がいる」「誰が見ているか考える」ことが演技の本質なのではないか、という先生のご指摘は大変興味深いものでした。

午後に行われたワークでは、演技を映像に撮って鑑賞しました。事前に受講者には「”記憶に残っている一言”を思い出してくること」という宿題が出されており、その「一言」と「状況」を紙に書いて提出。ランダムに混ぜた状態から、グループごとに3つの言葉と状況をくじ引きのように引き、それらを使ってストーリーを考えます。さらにそれを他のグループの皆さんの前で演じ、それを鈴木先生がカメラに納めます。カメラリハ1回、3分程度のワンカットで行われました。

全員で映像を見た後に、自分の”記憶に残っている一言”が、他の人の口から、全く異なる分脈、状況で言われるのを見聞きした経験に対して、鈴木先生を交えて白熱した意見交換が行われました。その中で「自分の思い出が取られてしまったような感覚を得た」「同じ言葉がポジティブにもネガティブにも取れるニュアンスの違いに驚いた」などの感想が寄せられ、受講者は他の人の大事な言葉を受け取った責任の重さを感じながらワークに参加していたことがわかりました。

鈴木先生はあるグループの演技を「美しく着飾ったセリフにならないように、透明な言葉のまま、余計なことをしないで、自分のものにしないで話していた」と評価され、俳優はそのように「台詞が身体を通過していくメディアであり、言葉を置いていく、置き換える作業をしている」職業だと解説されました。また演じるということは「置き換える行為がつながってきた」ものであり、「日常の中で本来のものが少しすり抜ける知恵」のようなものなのではないか、という指摘をされました。簡単に答えが見出せるものではないと前置きされつつも、「演じる」ということについて熱く語られる先生と議論できたことは、とても貴重な経験になりました。