お知らせ

10月1日「文学Ⅶ 小説の言葉を読む」のワークショップを開催しました

2018年10月11日

10月1日(月)に、文学分野のワークショップ「小説の言葉を読む」を開催しました。ファシリテーターは、中村ともえ先生(静岡大学教育学領域准教授)です。静岡県浜松市に在住する小説家、吉田知子の泉鏡花文学賞作品、『箱の夫』をテキストに、「小説の言葉」について考えようというものです。
まず、この短編小説を黙読する所からスタート。その後グループで、好悪の感触、気になった部分や疑問などの読後感を話し合いました。
続いて、中村先生による趣旨説明。小説の言葉と、メールや手紙や新聞の言葉との違い、また、詩や戯曲の言葉との違いに焦点をあてることが予告されました。そしてそのことを、「言葉によって、登場人物が空間と時間をそなえた、世界の中にいる状態を立ち上げること」、と説明されました。
次いで、「小説の言葉を可視化する」ワーク。その1として、受講者に2枚のワークシートが配布されました。1枚は空間・場所について考えるためのもの、もう1枚は時間について考えるためのものです。主要な登場人物3人が、いつどこで何をして過ごしたかなど、グループごとワークシートに記入。家の間取りや庭の様子、外出先や言及されているだけの場所についても、想像をたくましくして「地図」を作成。流れる時間も一方向ではないことが浮き彫りになりました。
ワークその2として、文章に書かれていることと、書かれていないことについて考え、「夫」の外見や行動や嗜好、そして「夫婦関係」や「姑との関係」などについて推理を進めました。さらに、「夫」を表す言葉が、話の展開に応じて変化するのですが、それが登場人物の関係性の変化と連動していることに注意が促されました。穏やかに物語は始まり、次第に違和感が増してきて、後半に生じる2回の状況の変化によって、加速度的に異様さが増してきます。しかし、その異様ささえも、読者はリアルに想像できることを確認することができました。
最後に、言語学における「シニフィアン」と「シニフィエ」という概念が紹介され、小説における言語とは、必ずしも、言葉で意味内容を表すだけでは十分ではなく、意味内容に還元できないものが含まれる、ということを共有してワークショップは終了。ここで経験したことは、映画、演劇、絵画など幅広い芸術ジャンルに接し、あるいは紹介する際に大いに参考になるのではないでしょうか。

9月25日「伝統工芸」のワークショップを開催しました

2018年10月3日

9月25日、駿河凧の継承者・後藤光さん(5代目・絵師)を講師にお招きし、ワークショップを開催しました。

まず、駿河凧の発祥(今川義元の先勝の祝いだと言われている)や「凧八」の歴史、特徴などについて基本的なことを学びました。受講者のみなさんも静岡に住んでいながら、知らないことが多かったのではないでしょうか。

さあ、ワークショップです。受講者は、講師の用意した線描きの絵(武者絵、歌舞伎絵)に凧の形状をした和紙を重ね下絵を描き入れていきます。太筆を使ってトレスする、ただこれだけのことが思うようにすすまず、絵師の技法の高さを思い知らされます。
続いて、その下絵に4本の竹ひごをつけていきます。糊の量(表に描かれた武者絵などの顔にあたる部分には糊を付けないなどの注意が必要)、左右のバランスもさることながら、節の位置を左右同じするなどのポイントがあります。自然素材を使うということは、ただパーツを組み立てればいいというのではなく、その行為一つひとつに意味があることを知ります。感覚だけで作業を行うと凧が思うように揚がらないのです。

続いて、描いた絵に、色をつけていきます。想像と違っていたのは、凧に竹ひごを取り付けたあとに色をつけていくという順のことでした。色づけは、薄い色からつけていくこと。色は混ぜない、手早く塗る、ぼかしのときには平筆の半分に絵の具、半分に水をつけるなどの独自の手法があります。
仕上げの揚げ糸(これにもいくつかのポイントがあります)をつけて、さあ、完成。ここまでで、延べ6時間。今回は凧揚げをしている時間はつくれませんでしたが、さて、うまく揚がるでしょうか(笑)。時間があれば、受講者みんなで揚げてみたいと思っています。

ところで、凧というと、すでに昔のあそびであり、伝統的な技法という枠の中に閉じ込められたものというイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。果たしてそうでしょうか。例えば、2018年3月にはパレスチナ自治区ガザ地区南部のハンユニスで、東日本大震災から7年の節目に合わせて、日本との連帯を示す凧揚げ大会が開かれたことをご存知でしょうか。あるいは、遠藤一郎というアーティストは、参加者とともに凧に未来を描いて揚げるプロジェクト「未来龍大空凧」を各地で開催しているのをご存知でしょうか。これらは、伝統工芸の枠を超えての取り組みの一例です。

今回は、徹底して伝統工芸の型をなぞり、その手法について学びました。アートマネージャーには、伝統工芸の技に敬意を払いつつも、つねに新しい時代の空気を取り入れていくミッションがあります。「型があるから型破り。型がなければ、型なし。」ということなのです。

8月27日「演劇Ⅳ」のワークショップを開催しました

2018年10月3日

8月27日は映画監督で俳優の鈴木卓爾先生(京都造形芸術大学)をお招きし、演劇のワークショップを開催しました。場所は静岡市内を流れる安倍川の上流にある「鈴木邸」(先生のご実家ではありません(笑))。講師の先生から会議室ではない「懐かしさを感じる場所」で行いましょう、というご提案を受け、探した場所でした。ワークショップの趣旨を考慮して開催場所を選択するということもとても大事なことです。

最初のワークは3人ずつのグループに分かれて「他己紹介」を演じる、というものでした。AさんがBさんをCさんに、BさんがCさんをAさんに、CさんがAさんをBさんに紹介する、という状況を他のグループの人の前で演じます。状況はそれぞれのグループで考え、場合によっては作り話にしても良いけれどドラマティックな展開にする必要はなく「ただ演じる」「つまらないことをつまらなくやる」という条件の中でワークが行われ、様々な表現が生まれました。

鈴木先生からは各グループにコメントを頂きました。その中で「演じる」ということは、日常よりずっと相手のことを見つめる、聞くことになるので「日常の中では起きないことをやっている官能的なプロセスである」。また「演じる」ということは人間が古代から継続して行っている営みで、「置き換え」や「再現」を「見ている人がいる」「誰が見ているか考える」ことが演技の本質なのではないか、という先生のご指摘は大変興味深いものでした。

午後に行われたワークでは、演技を映像に撮って鑑賞しました。事前に受講者には「”記憶に残っている一言”を思い出してくること」という宿題が出されており、その「一言」と「状況」を紙に書いて提出。ランダムに混ぜた状態から、グループごとに3つの言葉と状況をくじ引きのように引き、それらを使ってストーリーを考えます。さらにそれを他のグループの皆さんの前で演じ、それを鈴木先生がカメラに納めます。カメラリハ1回、3分程度のワンカットで行われました。

全員で映像を見た後に、自分の”記憶に残っている一言”が、他の人の口から、全く異なる分脈、状況で言われるのを見聞きした経験に対して、鈴木先生を交えて白熱した意見交換が行われました。その中で「自分の思い出が取られてしまったような感覚を得た」「同じ言葉がポジティブにもネガティブにも取れるニュアンスの違いに驚いた」などの感想が寄せられ、受講者は他の人の大事な言葉を受け取った責任の重さを感じながらワークに参加していたことがわかりました。

鈴木先生はあるグループの演技を「美しく着飾ったセリフにならないように、透明な言葉のまま、余計なことをしないで、自分のものにしないで話していた」と評価され、俳優はそのように「台詞が身体を通過していくメディアであり、言葉を置いていく、置き換える作業をしている」職業だと解説されました。また演じるということは「置き換える行為がつながってきた」ものであり、「日常の中で本来のものが少しすり抜ける知恵」のようなものなのではないか、という指摘をされました。簡単に答えが見出せるものではないと前置きされつつも、「演じる」ということについて熱く語られる先生と議論できたことは、とても貴重な経験になりました。

8月20日「予算書・見積書」のワークショップを開催しました

2018年10月2日

8月20日は神戸アートヴィレッジセンター、事業チーフの近藤のぞみさんを向かえて「予算書・見積書」と題した実務系のワークショップを開催しました。

近藤さんは(公財)神戸市民文化振興財団の職員として永く芸術系の事業運営に関わって来られ、助成金等の書類作りに長けたプロ。端的で実現可能な説得力のある数字を記すテクニックを、ワークを通じて教えてくださいました。

まず体験したのは「ワールドカフェ」という手法でした。最初に「理想の文化事業とは?」というテーマでグループごとに議論します。次にグループのホスト役の人はテーブルに残り、他の人たちは他のグループへ出張してそこのグループのアイデアを聴き、また自分のグループに戻って自分が聞いてきた企画を報告し合いながら、さらに自分たちのアイデアもブラッシュアップさせるものでした。これはこれまでのワークショップでは取り入れられなかった方法で、受講者にとって新鮮だったと思います。

次に近藤さんによる「なぜ予算書をつくるのか?」という内容の講義を聴き、グループワークで事例として「室内楽のコンサートをする場合」に想定される収入・支出の項目を皆で考え、発表し合います。このワークを通じて、コツとして「見えないところまで想像する」(交通費など)、「細かいところまで想像する」(税金、著作権使用料など)ということを教えて頂きました。

その後、ワールドカフェで考えた企画をブラッシュアップさせつつ、みんなで確認した予算項目に実際に現実的な数字を入れる作業をしました。ここでは近藤さんの提案で「助成金○円」「協賛金○円」「会場費減免」などが書かれた紙をくじで引く、というアイデアが取り入れられました。赤字が出そうな企画が助成金の補填によってギリギリ成立したり、逆に協賛金が集まり過ぎて困ってしまったり・・・。

実際に事業企画をしたことのある人にとっては当たり前のことでも、やったことのない人にとっては、「想像もつかない」ことが多いマネジメント業務。しかしその全てを、想像力を働かせてきちんと把握できるか否か、ということが、実現可能な「予算」を立てるためのメチエだということを学んだワークショップでした。

9月18日「『積層』をキーワードにモノ・コトを考える。〜学校という『場』において〜」のワークショップを開催しました

2018年9月21日

奈木和彦ワークショップ「『積層』をキーワードにモノ・コトを考える。〜学校という『場』において〜」

9月18日(火)に、美術家の奈木和彦さんを講師に迎え、美術分野のワークショップ「『積層』をキーワードにモノ・コトを考える。〜学校という『場』において〜」を開催しました。
奈木さんは、静岡を拠点に、絵画を独自の切り口で捉え直す試みや、サイトスペシフィックなインスタレーションなど幅広い活動を展開している作家です。
まず導入として、このワークショップの趣旨と流れが説明されました。次いで自己紹介を兼ね、スライドで自身の活動が手短に紹介され、また「積層」という視点のみならず、「並列・連続」の観点からもアメリカのポップ・アートの巨匠アンディ・ウォーホルの作品が読み解かれました。
続いて前半のワークショップに移ります。
まず個人のワーク。「学校」との関係において、「積層」という言葉から連想されるモノ・コトについて自由に思い浮かべます。そして年齢・性別・職業などを異にする4・5人のグループに分かれ、それぞれ「積層」「学校」について協議。そこで浮かんだワードを付箋に記し内容によって分類していきました。
(その間、奈木さんは、「積層」「学校」「積層・学校」等について、あらかじめ用意した言葉を次々と板書。)
それを経て、また個人のワーク。グループでの話し合いを踏まえて、発表を前提に、アイデアスケッチや言葉や文章に起こしていきました。現実的でないプランも可、最終的な形態を示す必要もないとのこと。

休憩を挟み、後半のワークが始まりました。
グループごとの付箋を貼ったA3の紙が黒板に掲示されることで、参加者のブレーンストーミングの結果が明らかになりました。
続いて奈木さんによる実技? ガラスの皿に廃油が注ぎ込まれ、そこにオブラートをリング状に並べてゆきました。オブラートの既成概念が破壊され、その二つの物質は、通常あり得ない関係性のなかで名状しがたいモノのリアリティを出現させました。
その後、「学校×積層」の実例として、小学5年の時に奈木さんを変えた、学校でのある「積層」が紹介されました。それは、古びた3冊の日記です。それまで手に負えない問題児だった奈木さんは、新たに担任となった先生から毎日日記を書くように言われ、また先生が朱筆で毎日コメントを入れて下さったという、その実物です。1年間通して、学校で朝と夕方、一緒にグラウンドで走って下さったことも一種の「積層」といえるでしょう。日記をずっと取っておいた母親の愛情にも胸を打たれますが、担任の先生の愛情に一同驚嘆。1人の小学生の古い日記に過ぎないのに、提示の仕方によって普遍的なメッセージに変わるということがよく解りました。
次いで、「積層」と「学校」の関係性を、グループから1人の代表が立って約3分間で発表。奈木さんがコメントを加えてゆきました。
最後に、「積層」に関連する奈木さんの作品とコンセプトが、スライドトークの形で紹介されワークショップは終了。
美術分野のワークショップなのですが、ここでは何も作らず、ひたすら「積層」と「学校」との関係についてブレーンストーミングを重ねました。参加者は美術に詳しい人ばかりではないので、当初、難しい課題かもしれないと感じていたのですが、始まってみると、ここで扱う内容についての奈木さんの周到な準備と流れについての予想、そして現場での余裕を持った臨機応変の対応によって、参加者は無理なく課題の意図をつかむことができたように思います。

9月10日「受講者企画 建築へのアプローチ」のワークショップを開催しました

2018年9月19日

9月10日(月)に「受講者企画」として、建築家の柴田彰さんの企画による「建築へのアプローチ」を開催しました。講師は、「カワイイ」をキーワードに建築やデザインの課題を読み解く活動を続けている、プロジェクト・プランナーの真壁智治さんです。内容は、「カワイイ演習」と「フロッタージュ演習」の2本立て。午前中の1コマがレクチャー、午後の2コマをワークショップと発表の時間としました。
レクチャーでは、バウハウスから現代までの建築概念の変化について、ミース・ファン・デル・ローエの言葉「Less is more」とロバート・ヴェンチューリの言葉「Less is bore」の対比、また建築は誰のため・何のためのものか、という根本的な問題と、その変遷についての説明がありました。日本では、丹下健三の「国家と民衆」、槙文彦の「社会と人間」、伊東豊雄の「消費社会と大衆」そして「コミュニティとみんな」、隈研吾の「場所と市民」、藤本壮介の「都市と自分」、妹島和世の「世界と私」、塚本由晴の「地域社会と人びと」などが挙げられ、その流れは「理性合意による建築」から「感性共有による建築」に向かっているとの見通しが語られ、次第に、建築を巡る作り手と使い手との感覚共有化の事態にあることが示されました。
次いで、「カワイイ演習」の解説。まず四方田犬彦著「かわいい論」(2006年)が紹介され、真壁さんが提唱するカタカナの「カワイイ」について、テキスト「カワイイパラダイムデザイン研究」(2009年)に沿っての説明がありました。テキストには、13の視点を導入した別価値の交差座標のマトリックスが示され、モダンデザインで否定されてきた、「緩み」「不合理」「ホワ感」「ヌケ感」「スケ感」「フワ感」等々のカワイイ感性領域の構造を分かりやすく説明してくださいました。
続けて、フロッタージュの説明。シュールレアリスト、マックス・エルンストのフロッタージュを、「意識が描く想念を超えた形象をつかむ」ための手法とし、それに比し、真壁さんのフロッタージュは建築や都市の位相にアプローチする方法であり、「自分の身体と対象との感応」を問題にしている手法であることが語られました。
また昼休みの課題として、エイジミックスからなる3・4人のグループで、「キャンパス内で『カワイイ』を探す」、が投げかけられ午前中のレクチャーを終了。

午後はまず、都市や建築の問題とフロッタージュの関係について、テキストに沿って説明。フロッタージュは8段階のフェイズに分節化され、その対象と自身の行為には、「気」を通すことが大切で、それを野口晴哉の活元運動と絡めて解説してくださいました。ついで、真壁さんによる活元運動の実演。次いで受講者も試行。
フロッタージュの活動は、あいにくの雨天のため屋内のみでの実施となりました。13:50〜14:50までの約1時間、受講者は教育学部建物内の廊下や階段、バルコニー、彫刻アトリエなどで取り組みました。
教室に戻り、15:10からは、昼休みに構内で見つけた「カワイイ」の写真をパソコンに取り込み、スクリーンに投影してグループごとに発表。またそれぞれの写真に、真壁さんが豊かな語彙を駆使して絶妙のコメントを連発。発見と歓声に満ちた時間が流れました。「ここでは“まぬけ”が評価の対象」「モダニズムの建築自体が既に懐かしさになっている」等々。受講者は、「カワイイ」の感性領域の広がりについて確かな目覚めがあったように思います。
最後に、企画者の柴田さんの指名によりグループから一人づつ、ワークショップの感想について発表があり「カワイイ演習」は終了。時間は超過しましたが、その後、フロッタージュを床一面に並べ、受講者が建築と身体性を通して接した痕跡を目の当たりにして、建築を感覚と身体から身近にするワークショップ、「建築へのアプローチ」を終了しました。

9月3日「展示」のワークショップを開催しました

2018年9月11日

去る、9月3日(月)展示のWSを開催しました。

講師は、美術家の麻殖生素子(まいお もとこ)さん。麻殖生さんは1980年代から独自の手法で屏風世界に革新をおこし、その才能をめきめきと発揮されていきます。国内では、東京は銀座、京都は清水寺、二条城、泉涌寺、鎌倉は浄智寺、円覚寺他多数、一方、海外でもニューヨーク、ワシントン、ジュネーブ、メルボルン等で個展やグループ展を開催、国際的にも不動の評価を得ます。

そんな麻殖生さんが今回のWSの舞台に選んだのは、中勘助文学記念館(静岡市葵区)、小説『銀の匙』で有名な作家を顕彰して建てられた記念館です(設置者:静岡市、管理運営:静岡市文化振興財団)。

前半は、麻殖生さんにより、屏風の基礎知識を習い、受講者も実際に屏風を扱ってみるという体験をしました。現代の生活からだいぶ遠い存在になってしまった屏風のためか、受講者は屏風の扱いに慣れていません。最初は、どこを持って動かしていいのか、どのくらい開いて立てるのかなども一切分からず、ひじょうに心許ない状況でした。

第二部では、実際に麻殖生さんの作品を使って、約6畳二間の空間にいかに複数の屏風を並べるかということに挑戦しました。それぞれのグループがテーマにそって屏風作品を展示していきました。麻殖生さんは、4グループの各発表を聞いて、受講者の意図を汲み取り的確にアドバイスをしていきます。受講者の展示のできは麻殖生さんの想像以上だったとみえて、各展示の視点のすばらしさを中心に挙げていかれました。

最後は、たっぷりと時間をかけて、感想や疑問点をみんなで共有しあいました。WSはやりっ放しではなく、最後に必ずたっぷりと時間をかけて振り返る時間こそが重要だと実感した時間となりました。

8月20日「著作権」のワークショップを開催しました

2018年8月29日

8月20日、実務系のワークショップ、「著作権」を実施しました。講師は、骨董通り法律事務所代表パートナー 弁護士、ニューヨーク州弁護士の福井健策さんです。タイトルは、「マスターする著作権とライツ」です。

福井さんは、ワークショップの冒頭、受講者に向かってこう教えました。
「きょうこれだけは覚えて帰ってください。それは、『著作物とは、思想・感情を〈創造的〉に〈表現〉したもの・・・』(※プリント上では穴埋め形式になっていた)。加えて、著作物の例として、①小説・脚本・講演など ②音楽 ③舞踊。無言劇 ④美術 ⑤建築 ⑥図形 ⑦映画・ ⑧写真 ⑨プログラムがあります。ここまで覚えてもらえれば、日常生活に係わる著作物の99%はカバーできます。」

例えば、③の、ある演出家の振り付けですが、これは著作物です。勝手に踊ってそれをネットにアップしたり、舞台で使うと問題になることがあります。また、⑤の有名建築家が設計した建築物は著作物ですから注意が必要です。ただし、建て売り住宅は、著作物とは言えません。ちょっとここでは乱暴に記しますが(福井先生はきっちと説明してくださいましたが)、ありふれた表現、定石的な表現、事実、データなどは著作権に抵触しません。題名とか名称も同様です。ですから、私たちがたとえば小説などを書く場合、その中に鉄腕アトムやミッキーマウスという言葉を使うのは問題ありません。もちろん画像は勝手に使えません。
このように受講者は、具体的な事例を参考に著作物、著作権の基礎の基礎を頭に入れていきます。繰り返しますが、ここで大事なのは、「創作的な表現」ということです。

今回の進行は、講義の合間合間にそれに関連したワークショップ(グループワーク)が挿入されていくという形式が取られました。
受講者らが自らの導き出した意見を言う度に福井先生の「なるほど」「そう判断した根拠は何ですか」という鋭い突っ込みが入ります。全員が発表し終わると、福井先生から、これまでの判例や法に遵守したアドバスが入りました。とにかく実例をワークショップ形式で議論していくので、たんに知識を押しつけられたのと違って、記憶が濃く刻まれていきます。

その他、ナショナルアーカイブ構想、作品デジタル公開と権利の現状と課題、世界が直面するオーファン問題、図書館著作権規定の到達点、他にも肖像権の問題などに触れて頂きました。

日々、SNS等で情報を取り、アップする私たち。知らない、ではすまされないアートマネージャーの知識の習得という課題が目の前にあることを改めて突きつけられたワークショップでした。

福井先生は、最後の最後に、こう釘を刺されました。
「一週間経ったら、わたしがきょう配布したレジュメを必ず見直してください」。
大丈夫でしょうか、受講者のみなさん。

8月6日「文学Ⅵ」のワークショップを開催しました

2018年8月22日

小二田誠二ワークショップ「浮世絵を読んでみる」

 

8月6日(月)に、静岡大学人文社会科学部の小二田誠二先生を講師に迎え、文学分野のワークショップ「浮世絵を読んでみる」を開催しました。

江戸時代の木版画、浮世絵は、印象派の誕生に大きな影響を与えたこともあり、美術の文脈で紹介されることが多いのですが、江戸文化を映し出す鏡でもあります。

ワークショップの会場には、先生が所蔵する幕末から明治にかけての浮世絵コレクション数百点が持ち込まれ、またそれを読み解くために様々な入門書・専門書が持ち込まれていました。

最初は自己紹介。専門は美術史ではなく、江戸から明治にかけてのメディアと表現であるとのこと。また絵画については、そこに込められた「メッセージやストーリーを積極的に読み解いてゆく」姿勢で接していることが語られました。その意味では、浮世絵展の多くは解説が少ないとの疑問を提示。本ワークショップでは、浮世絵の面白さを分かりやすく伝えるキャプションを作りましょうと投げかけられました。

続いて、小手調べ。「國貞改 二代豊國画」と記された、『百人一首繪抄』という作品のカラーコピーが配布され、その絵からどのような内容を読み取ることができるかというワーク。受講者は画中の「美人」の仕草と、文字情報の読み取れる箇所をつなぎ合わせ、絵の内容を推察し発表しました。それを受け、小二田先生からは、浮世絵を読み解くためのポイントである、文字(くずし字)情報と版元印や検閲印などの記号情報についての解説、さらに「見立て」や文様についても重要との指摘がありました。

前半の最後はグループに分かれ、キャプション作りに向けて、数多の浮世絵から1点(1組)の作品の選び出しました。結果、芝居絵を選んだのが5グループ、物語絵が1グループでした。そして、制作年を推定するための専門書、石井研堂の本や『歌舞伎年表』などの文献を参照する方法について説明がありました。

昼休みを挟み、後半は、グループごとに専門書にあたって、制作年代等の基本情報を探りました。小二田先生は、机の間を巡回しながら、それぞれの浮世絵の読み方についてポイントを指摘してくださいました。約1時間のワークで、絵師、出版年月、落款、改印、彫摺師、版元、作品名、画題等々の基本情報、また芝居絵であれば、上演月日や演目や配役などの上演情報などを集中して調べました。調べても分からないことについては、時間的な制約もあるので、今回は「不明」「不詳」「……か」で対処するとのこと。それら基本情報を確定することは、目標である「絵画に秘められたストーリー」を読み解き、分かりやすい解説を書くための必須の条件です。

最後の15分間を使って、グループごとに制作中のキャプションの発表をしました。

最後に小二田先生から、キャプションの精度をより高めるためには、時間外にネットや文献を参照し、磨きをかけていただきたいとのコメントがありワークショップを終了しました。

8月6日「食文化Ⅰ」2回目のワークショップを開催しました。

2018年8月10日

講師は前回に続き、料理家の按田優子さんです。

前回第1回目のワークショップで、自身が地域ときちっと向き合うことで課題を解決してくための宿題が出されました。内容は、以下A,B,Cから業態を選択し(複数可)、いくつかの設問に答えていくというものです。

・業態A「旅館で出てくる朝食」

・業態B「ビジネスホテルの朝食バイキングの数品」

・業態C「地元の素材を使った共同の加工所」

大事なことは、「(現在地域にあるものの中から)残したい・増やしたい資本」を決め、そこに「自分の持っている資本(技術、経験・体験、ネットワーク等)」を最大限に生かしつつ、「業態」を決めていくことです。言い換えるなら、「地域資源」と「私資本」の掛け算によって、いかにして地域の大切な食(材)を残し、増やしていくかを検討するものです。

 

受講者は、講師の按田さんによって、企画の性質や同一の価値観を持った4〜5人のグループ5班に分けられ、メンバー各人の考えた課題をメンバー間でプレゼンテーションしつつ、最終的にアイデアを一つに絞っていきました。

海のエリアと山のエリアの食材を物々交換によって成立させる暮らし。地酒と静岡特有の缶詰をリソースにした「角打ちバル」。静岡茶葉をがっつり使う料理の加工場の提案等々、アイデアを実現していく場を、静岡県の地図にマッピングしながら検討していきました。

 

2013年に和食がユネスコ世界無形文化財に指定され、同じ年、「静岡の茶草場農業」が、2018年には同じく、「静岡水わさび伝統栽培」が世界農業遺産として認定を受けました。静岡県を軸足に活動していくアートマネージャーにとって、もはや「食文化」を抜きにして、地域の課題は解決できないでしょう。